長野での北京オリンピック聖火リレー騒動を見ていて、とても違和感を感じる。
中国によるチベット人民に対する弾圧に抗議することは良い。そしてチベットに自由を!というスローガンにも賛同できる。
で、自由を求める運動が、何故国旗のオンパレードなのだろう。

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empro(エムプロ)より転載 吉川忠行氏撮影
チベット民族の独立の象徴としての国旗掲揚だろうが、しかし掲げているのは国旗である。まさに7世紀チベット王ソンツェン・ガンポによるチベット帝国の軍旗が元にした国旗である。その国旗はあくまで国を支配し、領土を拡大したときの国旗なのだ。
まさに自由とは対極象徴だ。巷ではあの旗の意味は平和や人権、民族独立という「民主主義」の象徴のように勘違いしているが、最終的にはチベット人というより、チベット支配者による「覇権の自由」ためだけにある旗だ。そうした国家主義的民族意識を丸出しの抗議デモだからこそ、右翼の日の丸も同調し自国の民族的優位性を聲高に叫んでいる。そうした国家民族主義は当然、中国の国家民族主義に火をつける。
お互いに民族主義で罵り合う。これがどこが「民主主義」で「自由」なのか?
チベットも中国も日本も国家主義的民族主義で争うのなら、おなじ穴の狢で不毛なデモだ。大切なのは国家によらない、民族を乗り越えた上での人々による国際連帯だ。
もちろん中国のチベット人弾圧には抗議し、抵抗すべきだ。中国の国家主義も認めてはいけない。だからこそ、間違ってもチベットの国旗を掲げるべきではない。
フリーチベットのデモで、まさに自由の抗議デモのように意気揚々とチベットの旗を掲げている人々をみると、欧米のチベット騒動のムードに流された滑稽さを感じる。

※写真は
「週刊かけはし」より転載
今回の騒動の発端にもなった欧州連合(EU)や米国でのチベット弾圧に対する、中国政府への抗議は、同じくイラクやパレスチナに対する米英政府、およびイスラエル政府に対して起こしたのであろうか。
人権蹂躙の虐殺という事では、おなじではないだろうか。
米軍がイラク戦争終結後に武装治安圧として何人の兵や民間人を殺してきたのか。これは誤爆ではなく、ある一部の武装勢力を攻撃するためには、多少の民間人が巻き添えになってもしかたないという戦略のうえ、何万人と殺害されたのだ。
このフリーチベットで抗議の声を上げている人のうち、何人がイラクやパレスチナ攻撃に抗議の声を上げたのだろうか。※
今回の聖火リレー騒動は、本当の意味でチベットの自由を求める運動とはかけ離れた、胡散臭い輩が多く混じった騒動に思えてならない。
イラク戦争の死者について
Iraq Body Count(※一部の人々はイラク反戦の運動もがんばっているが、今回の民族主義者によるチベットの抗議デモとは別な形で運動をすべきだ。)